CIMネットの沿革と理念

2つのNPO法人に関与

 私は2010年にNPO法人CIMネットを設立いたしました。   

 「地域の医療・介護・福祉をつなぐ」を活動目標に掲げました。

 CIMネットのCIMはどういう意味かとよく問われます。  

 CIMは「Community  Inclusive  Medicine」の頭文字を並べたもので「地域の医療・介護・福祉をつなぐ」を英語に意訳したものですと説明しています。

 私はCIMネットという法人名に「医療を包摂した社会という」意味を込めています。 

NPO法人CIMネット

理事長 二宮英温


 私はCIMネットの設立以前の2001年にNPO法人PDNの設立に参画し、10年間事務局長を務め、今も深い関係を保っております。

 CIMネットは、いわば私が関係する2つ目のNPO法人です。

 私が事務局長を務めたNPO法人PDNは、胃ろうの啓発活動行うために設立し、現在も全国的な活動を続けています。

 PDNの説明をすると長くなりますのでここでは省略しますが、私はPDNで培った経験をCIMネットの活動に生かしております。(※)

                    

 (※) 研修の広場 ←こちら 

に関連映像があります。

第25回 PEG‣在宅医療学会 会長講演 

     

62歳の喪失感を転機に

 私事になり恐縮ですが、人生後半に入った62歳のとき、突然、医者であった一人息子を不運な輪禍で失いました。

 この喪失感は私の運命を変え、人生の転換の動機になりました。

 このような輪禍は、私にとって不測の悲嘆、悲哀であっても、進展する車社会の現代、世間一般には珍しいことではないでしょう。

 悲哀、悲嘆が転機になったという人は、誰もがよく耳にする話かもわかりません。

 私はそのことを弁えたうえで、ひたすら人生の転機と自覚し、愚直に活動を積み重ねてきました。

 故人が遺した縁を紡ぎ、繋ぐことが、故人と共に生きることだと己に云い聞かせ、私のいわば人生観、世界観となりました。

 大仰に言えば、私の生涯の哲学として堅持しております。

 そして、私はいただいたご縁を糧に、常に現在に問題意識をもち、過去を振り返り、未来に希望を託し、希望を繋いできました。

 多くの失敗もしてきましたが、過去に拘りません。

 未来は現在のチャレンジによって、絶えず刷新されなければならないと考えています。

日本認知症予防学会東京都支部との新たなご縁

 地域包括ケアシステムは国の高齢者施策の基盤であります。

 CIMネットは設立以来、国の地域包括ケアシステムに添って「地域の医療・介護・福祉をつなぐ」を活動目標に掲げ、仕事に専念してまいりました。

 その中で、多くの人と組織との出遇いに恵まれました。

 出遇いはその一つ一つがご縁であり、私はご縁を繋ぎ、多くのご縁に助けられました。

 いま、わが国はこれまでに経験したことのない超高齢社会を迎えております。

 私は介護付き有料老人ホームという国の定めた類型の高齢者施設の住人であり、俗に言われる老老介護の当事者です。

 超高齢の当事者でありますから、ともすると概念的に捉えられている現場の実態をリアルに経験できる立場です。

 介護保険制度が出来て20年が過ぎ、高齢者である当事者から見て、改革してほしい気懸りな問題点が数多く目に止まります。

 2年前、私に新しい出会いがありました。

 日本認知症予防学会東京都支部との出逢いです。

少子高齢化社会、人生90年時代を迎えて、いま、認知症の問題は国を挙げての解決すべき喫緊の課題を抱えております。

 日本認知症予防学会は「認知症の共生と予防」の旗印を掲げて全国的な活動を展開しておられますが、同東京都支部はその活動の一翼を担います。

 いま人生の終盤を迎え、私は限られた余命を生かされております。

 微力ながらも、これらの社会の問題点に提言を発信したいと思います。

 ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

                                  令和3年 9月  理事長 二宮英温   

本間日臣博士との出逢い

 「医師にして哲学者たるは神なり」とは、古代ギリシャ哲学のヒポクラテスの言葉です。

 呼吸器病学の泰斗本間日臣博士はまさにその人であり、私は博士から「若い医学徒への伝言」の出版を託されました。

 私の座右の書であり、「病む人を前にしてのロダンの構図」は同書の一節です。

 中村啓子さんに朗読していただいたものです。

 

1916年、医家の長男として東京に出生。一高を経て東京帝国大学医学部を卒業。海軍短期軍医となりテニアンに勤務。同島玉砕後ハワイ、テキサス州・ヒューストンの収容所にて同胞の診療従事。敗戦となり復員、東京大学医学部に戻り、沖中重雄教授の下で東大助手となる。1951 年、フルブライト留学でコロンビア大学医学部留学、帰国後は東大講師、虎の門病院呼吸器科部長、順天堂大学医学部教授、放送大学教授等を歴任。財団法人喫煙科学研究財団理事長、日本肺癌学会名誉会長を歴任した。


 本間日臣(ほんまひおみ)

「医師にして哲学者たるは神に等しい」とは医聖ヒポクラテスの言葉であるが、本間先生こそまさにその人で、多くの人たちから尊敬を集めた…
小阪樹徳 東大名誉教授、虎の門病院名誉院長